1 征夷大将軍 ★ :2022/06/16(木) 07:11:12.26
マグミクス2022.06.16
https://magmix.jp/post/95547

6月16日は「スペースインベーダーの日」です。1978年のこの日に製作会社の「株式会社タイトー」が、発表会でアーケードゲーム『スペースインベーダー』を初お披露目したことが由来だそうです。2018年、40周年を記念して日本記念日協会に正式に認定されました。

『スペースインベーダー』は日本アーケードゲーム史上最大のヒット作です。当時は「インベーダーブーム」と呼ばれ、その規模は各方面に影響を与えるほどの大きなものでした。そして、『スペースインベーダー』がブームになったことで日本のビデオゲーム市場が誕生し、現在のように世界に誇るコンテンツになったと言っても過言ではないでしょう。

この「インベーダーブーム」の前に流行していたビデオゲームと言えば、『ブロック*し』でした。このゲームで多くの企業がビデオゲームに参入したそうです。有識者の言葉を借りれば、「日本のビデオゲームはブロック*しが生み、インベーダーが育てた」と言われていました。

ゲーム開発者の話によると、『スペースインベーダー』の「敵の集団」という発想は『ブロック*し』が元になったそうです。また、『ブロック*し』のヒットの要因は「ブロックすべてを消した時の満足感」にあると考え、それを超える満足感を考えた時、「攻撃してくる敵を倒す」というさらなる満足感を思いつきました。

この発想が画期的だったのが、それまでのシューティングゲームは敵が攻撃しないというのが普通だったからです。限られた時間内で的を撃って、その得点を競うというのがそれまでの一般的なシューティングゲームでした。しかし、『スペースインベーダー』は相手が攻撃してくるというスリリングさと、テクニックさえあれば長時間でも遊べるという点が斬新な点です。この部分がヒットした要因だと考える人も多くいます。

実際、巧みなテクニックを見ようと人が周りに多く集まってくるという光景は、当時よく見られたものでした。そういった腕自慢の人は独自にテクニックを磨き、なかには「名古屋撃ち」という超絶な攻略方法を発見した人もいます。

この攻略方法はネットなど今のような伝達方法のない時代にもかかわらず、あっという間に全国に広がりました。名前の由来は名古屋で誕生したという説と、「一歩間違えると終わり→尾張→名古屋」という隠語説がありますが、いまだに正確な語源の由来は明らかになっていません。

前述した通り、「インベーダーブーム」で世の中が大きく変化したことは多くありました。まずはゲームセンターが大量にできたことです。流れ的にはアップライト型のインベーダーゲームだけが設置された通称「インベーダーハウス」という施設が誕生し、そこへ徐々に別なビデオゲームも置かれるようになり、やがて今のゲームセンターの形へとなりました。

こういった施設ができても順番待ちで行列ができることも少なくなく、やがて喫茶店やスナックといった場所のテーブルがテーブル型のインベーダーゲームの筐体に代わっていきます。この当時のインベーダーゲームの筐体はおよそ50万円前後でしたが、その収益は1日で2~3万円だったそうですから元金は1か月もあれば回収でき、タイトーに注文が殺到する事態となりました。

この喫茶店などにテーブル型ゲーム機を置くという方法は、『ブロック*し』の頃からあったそうです。それができたのも元々タイトーがジュークボックスの輸入販売で、各飲食店にコイン投入式機械をセールスしていたことがきっかけでした。このことが「インベーダーブーム」をけん引する一因だったことは間違いないでしょう。

しかし、当時のタイトーでは発注に対応できるほどの受注力がなく、やむを得ず他メーカーとライセンス契約して出荷数を増やしたそうです。この他にも違法なコピー品も半ば放置される形で製造され、純正品が約10万台、ライセンス品が約10万台、コピー品が30万台ほど出荷されました。

ちなみに、この大量に作られた『スペースインベーダー』の筐体をブーム後の時期に安く大量に購入した孫正義さんは、アメリカに輸出することで若くして億単位の純利益を上げたそうです。

また、このブームでもっとも打撃を受けたのがパ*業界と言われていました。それを打開したのが「フィーバー」と呼ばれるシステムで、ドラムが回転して図柄がそろうと大当たりとなる今では当たり前のギミックは、もとは『スペースインベーダー』に対抗するために生み出されたそうです。
(加々美利治)

(長文の為以下リンク先で)




39 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:45:14.70
>>1
スマホじゃ無理

85 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 16:23:29.03
>>1
昔はゲーセンでシューティングゲームの上手い人のプレイ見て攻略方法を学んだ
今はYouTubeで学べる
インベーダーに限らず上手い人のシューティングゲームのプレイ動画を見るのは楽しいね

7 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 07:45:48.35
孫正義の話は初めて知った

40 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:54:29.39
>>7
朝鮮人らしいな
名前借り>乗っ取り商法

12 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 08:06:59.79
一生に一度しか使えないスーパーノヴァ

14 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 08:09:00.43
>>12
2回使った気がする

67 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 14:01:42.68
>>14
自分の記憶では4回は使ってる
3回目以降は*だりバラバラになったりしてるが

17 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 08:20:08.06
スペースインベーダーは今やっても
まだシンプルな面白さがあるけど
昔からパックマンはつまんねぇ

25 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 09:05:48.07
>>17
ストレスの方が多いよな

46 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 12:07:22.32
>>25
敵が結構いやらしい動きしてくるからなぁ
挟撃してくることもあるし

24 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 09:03:07.52
テーブル筐体て日本独自の発明だよな。インベーダーが出る前のゲーセンはアップライト筐体だったな

100 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 19:58:42.63
>>24
逆さ映りのブラウン管モニターが裏から投影され
プレイヤーが見てるのはそれを映した鏡だったな。
テニス、ルパン、ブロック崩し。
テーブルに移行する前のインベーダーとか。

26 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 09:20:23.50
インベーダーは縦横の直線的な動きなので、次にどう動いてくるかは予測がついた
そんな慣れてきたころに登場したギャラクシアンは衝撃だった
編隊飛行で旋回しながらの攻撃なんて当時は前代未聞で、最初はなす術もなく惨敗した

30 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 10:22:30.72
>>26
でもゲームとして面白さが出てきたのは、ギャラガ、ギャプラスかなと。
ギャラクシアンは爽快感が足りない。

70 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 14:04:42.96
>>26
でもインベーダーと違って占領ゲームオーバーないから、
ギャラクシアンのほうが気分は楽だった

27 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 09:22:34.52
50歳台の回顧スレかw

44 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 12:02:14.42
>>27
50歳だとリアルには知らないかも

29 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 10:11:58.29
インベーダーの筐体に著作権ガン無視で無理やりギャラクシアンを移植したやつがあったっけ
インベーダーはi8080?でギャラクシアンはより高性能なZ80?だかの違いでくそ遅かった思い出

そのくそ遅かったi8080の遠い子孫にあたるインストラクションセットが
いまだにIAとしてクラウドサーバやらパソコンで現役なんだもんなあ

36 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:41:19.95
>>29
インベーダーはビットマップでキャラを描画してる。
スプライト機能がないのに当時の性能ではギャラクシアンはまともに動かせないもの。
カラーインベーダーが出るまで白黒だったし。

31 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 10:36:59.51
中国韓国じゃ永遠にムリだろうね
さすが日本

89 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 18:19:19.63
>>31
文化剽窃・歴史改竄の国・シナ中国・北朝鮮=韓国には絶対無理だわ

シナ中国は中国共産党が無くなれば可能性は無いとは言えないけど

32 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 10:41:26.14
白黒テレビの画面にカラーフィルムを貼って色を付けた筐体が合ったな
あれはコピー品なんだろうな

45 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 12:04:43.39
>>32
パチもんは多かった
スペースゲリラとかあったなあ

90 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 18:20:58.37
>>32
純正でも有ったな
カラーフィルムで色付け

ギャラクシアン辺りからドット単位で色が着いた

92 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 18:31:37.27
>>90
スペースインベーダーDXでは表示スタイルをアップライト・モノクロ・セロハン・カラーから選べた

34 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:38:13.56
インベーダーのパチもん作ってた当時の任天堂。
任天堂の人相の悪いオヤジがNHKのカメラに、
遊び方にパテントはないんや!と凄んでたな。

41 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:56:39.98
>>34
フェリーの船内に置いてあるのはたいていスペースイントルーダーというパチモンだったな
エイリアンやUFOの挙動なんかも全く同じ

35 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:39:50.76
プレステのナムコミュージアムまたやりたいな
ギャラガ、ゼビウス、ディグダグ、トイポップあたり延々と遊んでられる

43 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 11:59:53.99
>>35
ナムコミュージアム、ソフト持ってるわ
シミュレーションのナムコ三国志とボスコニアンも入っているな

48 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 12:16:35.47
ゲーセンは今でも100円のだよな。すげー

58 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 12:46:27.48
>>48
インベーダーの頃のメーカーや店はものすごい利益だったんだろうな

87 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 17:30:49.80
>>58
近所のババアの駄菓子屋がゲームセンターに建て変わるぐらいには儲かったみたい
なおブーム終了後に潰れてた……

76 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 15:18:17.49
ファミコンではギャラクシアン→ギャラガと発売されてから
遅れて参入したタイトーが後からスペースインベーダーを出したから
ファミコンしか知らない当時の子供たちは
今更時代遅れなのが発売されたとしか思ってなかったな

78 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 15:49:11.25
>>76
なお平安京エイリアンが任天堂ハードで出たのは平成に入ってからであった
※意図せずして平安京エイリアンのリメイクみたいになったブービーキッズのファミコン版は87年に出ている

93 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 18:33:20.45
>>76
しかもアーケード版に比べて横に長い画面でキャラが小さくて画面はスカスカでショボい印象だった

81 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 16:08:23.31
ゲームをやるために喫茶店に行ってしかも1ゲームごとに有料でやってたというのも
もう消えた文化だよね

84 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 16:12:09.19
>>81
当時はテーブルを全部インベーダー専用に代えちゃった喫茶店もあったな
まあ上がりは良かったんだろう
客が100円玉積み上げてリピートしてたから

当時パ*の客がだいぶこっちに取られちゃったんだよね
それで挽回するためにフィーバーとゼロタイガーが開発されて客を取り戻したの

82 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 16:09:16.18
平安京エイリアンも忘れないであげて

91 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 18:30:35.97
>>82
上のレスが見えないのか!?

96 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 19:23:43.79
ドラクエが36周年なのにまだ40なのか

97 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 19:30:28.81
>>96
文章はキチンと読んだほうがいいよw

98 名無しさん@恐縮です :2022/06/16(木) 19:31:27.49
>>97
たし蟹